『花』歌詞&音源
春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂(かい)のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき
見ずやあけぼの 露浴びて
われにもの言ふ 桜木を
見ずや夕ぐれ 手をのべて
われさしまねく 青柳を
錦おりなす 長堤に
くるればのぼる おぼろ月
げに一刻も 千金の
ながめを何に たとふべき
(作詞:武島羽衣/作曲:滝廉太郎)
『花』の意外と知らない豆知識3選
『花』が舞台となった墨田区では地元の愛唱歌となっている!
この曲の舞台は、歌詞の冒頭にもある通り、東京の隅田川の桜の景色です。そしてこの曲は今も隅田川の地元で大切にされています。
作詞をしたのは武島羽衣(たけしま はごろも)という詩人です。彼は隅田川の桜並木、船、水面に散る花びら、そしておぼろ月夜の美しさをこの歌詞に込めました。
現在、この隅田川が流れる墨田区では『花』が「区民愛唱歌」として親しまれています。
また、隅田川にかかる吾妻橋のすぐ近くの駅東京メトロ銀座線・浅草駅では、発車メロディーに『花』が使用されています。

組曲『四季』のオープニング曲だった!
『花』は単独の曲として有名ですが、実は組曲という大きな作品の一部として作られました。
この曲を作曲した瀧廉太郎は、日本の音楽史に残る天才作曲家です。彼は、日本の四季の情景を歌にした歌曲集を作りました。
その歌曲集のタイトルは組歌(くみうた)『四季』です。この『四季』は全部で4曲あり、『花』はその中の1曲目(春)として作られたのです。
残り3曲は「納涼(のうりょう)」(夏)、「月」(秋)、「雪」(冬)という曲で、それぞれ季節の美しい景色が表現されています。
作曲家・瀧廉太郎はわずか21歳でこの曲を作った!
『花』が発表された時、作曲家の瀧廉太郎はまだ21歳という若さでした。
この曲が刊行されたのは1900年(明治33年)です。瀧廉太郎は、ドイツのライプツィヒに留学する直前に、この組歌『四季』を出版しました。
彼は、わずか23歳10ヶ月という若さで亡くなってしまうのですが、その短い生涯の中で、『荒城の月』や『お正月』など、誰もが知る名曲を次々と生み出しました。
特に『花』は、そのメロディーの美しさから「日本のシューベルト」とも呼ばれた彼の才能が凝縮された傑作だと評価されています。


