一年間に何本もジブリを見る私ですが
特に好きなのは「千と千尋の神隠し」です
大好きなシーンは数限りなくありますが毎回感動してしまうのが
ハクが千尋におにぎりを食べさせるシーンです
職業柄食べる場面が出てくると食事評価してしまいがちです
食事評価を通して千と千尋の神隠しに潜む謎について分析していきます
★食事評価・嚥下評価
患者さんが食事中どのように食べるかを見ることで
食事・嚥下に対する問題点を抽出し評価する事です
その評価をもとにリハビリプログラムメニューを作成します
なので一番最初に介入する時はまず「評価」をすることになります
※以下ネタバレを含みます。
ハクのおにぎりシーンまでのあらすじ
情報収集
評価に入る前には必ず情報収集します
どのような既往歴があるのか…
介入前までの状態
検査結果があればそれも参考にします
また現状はどんな生活をしているのか…
年齢・家族構成・趣味・仕事歴など集められる情報はできるだけ集めて準備します
千尋がおにぎりを食べるシーンに到達するまで
どのようなことが起きたのかざっと振り返り情報を集めます
ハクのおにぎりシーンまでのあらすじ
主人公の荻野千尋(おぎのちひろ)10歳は親の仕事の都合で引っ越することになり
両親と一緒に車で新居に向かっていました
その途中で千尋の反対を押し切って近道をしたお父さんのせいで
道に迷ってしまい奇妙なトンネルの先にある町へ迷い込んでしまいます
その町の繁華街には沢山の食べ物やが並んでいておいしそうなにおいがしています
お腹の減っていた両親はその一軒に入り店員を呼びますが出てこないため
勝手に店先のものを食べ始めます
千尋は店先を離れて街をみてまわっている時に「ハク」に出会います
「ここにいてはいけない」とハクに忠告を受けた千尋は急いで両親のもとへ帰りますが
両親は豚になっていました
パニックになった千尋はハクの導きで油屋までたどり着き
両親を助けるためここで仕事を探す為釜爺のもとへ行きます
釜爺のところでは仕事が無かったが千尋のお願いに根負けし
リンに湯婆婆のもとへ千尋を連れて行くよう手配してくれます
湯婆婆は脅しで千尋を怖がらせようとしますが
千尋は食い下がりなんとか働かせてくれるように契約することができます
ここで湯婆婆は千尋という名前から「尋」を奪い「千」と名乗るよう命じました
契約を済ませた千尋はハクに案内されて従業員に紹介されます
ただハクの態度は油屋に入る前とは全く違いそっけなかったため
千尋は困惑します
従業員は「人間」である千尋の面倒を見たがりませんが
千尋をかげながら応援してくれたリンが世話役となり
雑魚部屋に連れていかれ疲れから寝込んでしまいました
次の日の早朝
ハクから「橋のところへおいで。お父さんとお母さんに会わせてあげる」
と言われ千尋はこっそり布団を抜け出してその場所へ向かいました
豚舎には豚が沢山いてその中に豚になった両親を見つけます
「おとうさんおかあさん!きっと助けてあげるから!あまり太っちゃだめだよ たべられちゃうからね!」と泣きそうになりながら声を掛けその場を去ります
垣根の下にうずくまる千にハクが千尋が迷い込む前に来ていた服を渡します
そしてハクがおにぎりを渡して
「お食べ、ごはんをたべてなかったろ?」と声をかけ
千尋がおにぎりを食べるシーンへ入っていきます
収集した情報のまとめ
以上がハクのおにぎりシーンまでのあらすじです
千尋の食事評価に入る前にここまでの情報を整理しておきましょう
【評価対象】荻野千尋 10歳 女
【保護者】両親は二人とも元気であったが1日前に人間から豚になる
【既往歴】不明
【健康状態】前日夜「足がふらふらするの」と発言あり。その後ぐったりする様子があり。
【発話】大きなひずみは見られず 正常に発話できている 不自然な息切れ見られず
きれいな音が出せてい無い場合「音が歪(ひずみ)ます」
例えば口の周りの筋肉に問題がある場合、「パピプペポ」などの口の周りの筋肉を使う音(両唇音)が正しく発声できません
話す様子を観察し、音にひずみがあれば、歪んだ原因はおおよそ推測されます
今回は飲み込みについての評価ですが
音を出す筋肉は飲み込みで使う筋肉と密接に関係している為、発話に関する情報が必要です
歪がなかったという事は口腔構音機能(口の周りの筋肉)に問題がなかったという事になります
【前回の食事】ほぼ丸一日 24時間ほどほぼ摂取していなかった可能性が高い
車で引っ越し先に向かっていた冒頭から千尋の食事シーンはありませんでした
車で移動中の時間は分かりませんが
車の中で母親が千尋に「もうしゃんとしてちょうだい!今日は忙しいんだから」
と声をかけるシーンがあります
例えば夕方だとしたら「今日」はもう終わりに近い感じがしますので
「今日」がまだ「これから始まる」時間帯ということでこの物語は午前から始まっている可能性大です
またトンネルをくぐって迷い込んだ先で母親が
「きもちのいいところねー。車の中のサンドイッチ持ってくればよかった」
と発言があります。
夜ご飯として用意していたのであればサンドイッチではなんだか心もとないこともあり
やはり冒頭のシーンは午前中だった可能性が高いのではないでしょうか
となると引っ越しに向かっていた午前中からハクに会う早朝までの間
千尋は何も摂取しておらず(体が聞けかけた際に摂取した小さいもの以外は)
かなり空腹だったのではないかと推測できます
【特記すべき事項】
食事前24時間以内に両親が豚になったり
今までの常識を覆される出来事が多発しており精神的なダメージが大きい
【性格】臆病・用心深い・社会性あり・素直な性格
・車で道に迷いトンネルをくぐるさいなど再三にわたって父親にやめるようお願いする
・トンネルをくぐった先でもどんどん進む両親に「もう帰ろうよ」と何度も訴える
・店員のいないお店に座って食べる両親をみて「ねぇ帰ろ!お店の人に怒られるよ!」と訴える。
・釜爺のもとから去る際にリンに説教されるが反論することなく聞き入れている様子がある。
以上から用心深く臆病で社会性のある素直な性格がうかがわれる
ハクのおにぎりシーン食事評価
食事評価に移ります
観察項目と評価ははっきり分けて考える必要があるので
評価項目は・・・
このように赤枠で囲んであります
それ以外は観察した事実とします
おにぎりの形は三角おにぎりです
ハクに渡されたおにぎりを千尋は両手でもちます
手で持ったおにぎりの半分近くは手の上から出ています
千尋は10歳の設定であり手は大人よりも小さいのはあたりまえですが
それでもこのおにぎりは大きいほうです
ハクにおにぎりを勧められますが
「食べたくない…」と断ります
「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ。おたべ」
と再度すすめられると手に取り、すぐに一口目を口に入れます
最初の一口は三角おにぎりの上の部分を食べます
今までの情報収集からかなりの空腹だったことは間違いないと思いますが
「食べたくない」と一度断っています
直前に両親が豚になっていることを再確認してショック状態である事や
ここ24時間に起こった様々な出来事を考えれば精神的なショックから食欲がわかない事もあるでしょう
ただハクの促しでおにぎりを手に取り迷った時間は一瞬でした
再度の勧めにより食べ始めますが
食べ始めるまでの時間は短いですが最初の一口目は小さいです
千尋は元々臆病で用心深い性格です
ハクのいう「おまじないをかけて作った」というおむすびを恐る恐る口にしたのかもしれません
最初の一口の量は比較的少ない分量ですが
それでも大きな口を開けて食べているので量は多いほうです
口腔内へ取り込んだ直後に咀嚼が始まります
咀嚼回数は3回
その後「ごっくん」と嚥下反射が起きました
咀嚼の目的は口腔内に取り込んだ食物をすりつぶして
唾液と混ぜ合わせ食べやすい食塊(しょっかい)にする事です
その為一口に対して30回の咀嚼が望ましいです
3回しか咀嚼せずごっくんと嚥下反射が起きていますので
「ほぼ丸のみ」です
口の中に食べ物が残っているかこの段階ではわかりませんが
口腔内に残っている可能性が高い為
もう一度飲み込んだり水分を取るなどして口の中や喉に残っている
食べ物を嚥下するのが望ましいです
おにぎりは握り方にもよりますが
ギュッと握っていればそれだけ中身が詰まっており
飲み込みにくくなります
この時点ではこのおにぎりがどれほどの強さで握られたものか推測できません
1口飲み込んだ後の千尋は
びっくりしたような眼をして次の一口へ進みます
追加での飲み込みは見られませんでした
先ほどの倍くらいの量を1口で摂取
咀嚼回数は2回で嚥下反射
さらに次の一口を口にほおばり
追加でもう一口大きく口へ入れます
かなりの量を飲み込む前に2回口の中へ入れている状態です
窒息の危険があるのでここで一旦止めて
口の中のものを外に出したいところです
5回咀嚼して飲み込みがありました
大粒の涙が頬を伝ってこぼれ落ちます
千尋はこの24時間様々な精神的にショックを受ける経験をしましたが
このように大泣きする事はありませんでした
この食事が引き金になって感情があふれ出たのでしょうか
ハクの「おまじない」が効いているのですごくおいしいのでしょうか
どちらにしても感情が高ぶってているのは間違いないと思います
泣くことで呼吸が乱れる為誤嚥する可能性が高くなります
気持ちが落ち着くまで一度食べるのをやめさせたいところです
手のひらに大目に残ったおにぎりを2口で口に入れてほおばります
1回咀嚼動作がありましたが
ここで感極まって声を出して泣き始めます
まだ嚥下反射が起きていませんので大量のご飯が口の中にある状態で
泣き声がこもった感じの声になっています
食べることは口から胃へ食べ物を送り込む作業です
逆に声を出すことは肺から息を吐くことです
食べ物は上から下へ
声は下から上へ
通り道は途中でわかれていますが、口から喉までは一本道ですので
声を出しながら飲み込む事はできません
また感情の高ぶりで泣いて声を出している状態は
自分では止めることができない状態ですので呼吸が大きく乱れ
ますます飲み込みにはつらい状況です
やはりここで一度食べることを中止して落ち着かせてあげたいところです
声を出してわんわん泣いている千尋
口の中にはまだ食べ物が残っていて飲み込む事ができません
ハクはそっと千尋の方に手を置いて
「つらかったろう。さあお食べ」
と二つのおにぎりを目の前に差し出します
千尋は涙を拭って目の前のおにぎりを二つ手に取り
食べ始めます
嚥下反射が起きたかどうかは喉の動きが角度が悪くて見えませんでしたが
次を食べ始めるという事は泣きながらも何とか飲み込めたのだと思います
その後も千尋は大きな声で鳴きながら
頬ばっておにぎりを食べ続けました
詰まった様子なくまたむせ込む様子も見られず
食事は無事に終了しました
食事評価のまとめ
この場面での千尋の食事のとり方は
とても危険な食べ方です
一口量がとても多い上に
(適切な一口量はティースプーン1杯です)
摂取スピードがとても速く咀嚼が少なすぎます
必然的に押し込むように食べています
更に水分が用意されておらず
口腔内、咽頭に貯留する食塊(食べ物)を飲み込む為に
水分を使用する事ができません
食事はおにぎりでした
普通のごはんと違いある程度の形を保たなければいけないので
押し固められたものが摂取した後
口の中に広がっていったと推測されます
更に感情が高ぶり
大きく嗚咽しながらの摂取なので
呼吸が乱れることで大変飲み込みずらい状況が続きました
窒息や誤嚥がいつ起きてもおかしくない状況でしたが
介護者(ハク)は食事動作を止めることなく
どんどん食べさせていました
結果的に問題なく摂取できましたがとても問題が多い食事でした
食事評価を終えて見えてきた謎の考察
食事評価を通して見えてきた新しい謎について考察したいと思います
なぜ一度「食べたくない」と断ったのか
おにぎりを摂取するまでに食事をほぼとっていなかった千尋は
極度な空腹状態でした
にもかかわらずおにぎりを一度は断ります
今まで色々ありすぎて
何か食べれる精神状態でなかったのであれば
その後も食べることができないはずですが
千尋はハクの再度の促しで
おにぎりを手に取り一気に食べます
一度断る理由はなんでしょうか
これはハクに対する不信感ではないかと思います
ハクに対する不信感
ハクは千尋と出会ってから千尋に対する態度がコロコロと変わります
最初優しかったハクが湯婆婆の契約後は冷たい態度になり
そしてまた今朝のように優しく接してくる
出会ってからそんなに時間がたってないにもかかわらずです
千尋の理解者である親はすでに豚になってしまい
千尋には頼れるものがいない状態で唯一頼れそうな人がハクでした
その唯一頼りにしている人の態度がコロコロ変わる事が
どれほど千尋の精神を不安定にさせていたのか想像できます
ハクは多くを説明しません
ハクの態度が変わることは千尋にとって謎なままです
千尋はハクに対して不信感を抱き
心を閉ざしかけていた状況だったのではないでしょうか
信頼している人からもらう食べ物はおいしくいただけますが
信頼していない人からもらう食べ物はなんだか怖い気がしますよね
ハクは
「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ」
といいました
この一言で千尋はおにぎりを手に取り食べるまでに一瞬迷います
ハクにたいして信頼してもいいのか、悪いのかの迷いの現れではないかと考えます
一瞬(食べる事 ハクを信頼するかどうかで)迷いましたが
一口食べてせきを切ったかのような
窒息せんばかりのスピードで食べました
食べすすめて大泣きしました
・食べ物を食べてホッとした
・いろんな出来事に関する感情があふれ出てきた
など泣いた原因は数多く考えられますが
一番の要因はハクを信用できたといううれしさでは
なかったのかと思います
ハクがおむすびにかけた「おまじない」
ハクは「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ」
といいながらおむすびを渡しました
ハクがおむすびにかけたこの「まじない」とは何だったのでしょうか
この世界では空を飛べたり、変身したりいろんなことが魔法で行えます
だとしたら元気がでる「まじない」があってもおかしくないと思われますよね。
ただ…状況からみるとこのまじないはいわゆる魔法ではなかったといえそうです
まじないは魔法ではない 理由1
今回のハクの目的は「千尋に元気を出させる事」です
もし純粋に元気が出るおまじないがあるのなら
わざわざおむすびにおまじないをかけてそれを食べさせるといった
遠回しなことをするでしょうか
ハクは立場上千尋と仲良くしているところを他人に見られたくはない状況ですので
もし元気がでる魔法があれば手っ取り早く元気になる魔法(おまじない)をかけて
一緒にいる時間を短くするのがハクにとってはベストなはずです
それをしないのであれば、そもそもそんな魔法はないと推測できます
まじないは魔法ではない 理由2
この物語の後半の主役「カオナシ」が出てくる場面を見てみます
カオナシは偽の金塊を手からあふれださせどんどん料理を持ってこさせ
「千尋を呼べ!」と傍若無人ぶりを発揮します
お客様だとなだめていた湯婆婆でしたが
とうとう堪忍袋が切れて「お客様とて許せぬ!」と火の玉をぶつけようとしました
(結局失敗しましたが)
カオナシはさんざん飲み食いしていましたので
このカオナシを落ち着かせたり、いう事を聞かせたり、
食べ物になにかまじないをかけてカオナシを何とかすることができれば
ここまで手に負えない状態になる事はなかったのではないでしょうか
つまり湯婆婆は
まじないをかけた食べ物を使って食べた者に影響を与えるような魔法を
もっていなかったんじゃないかと思います
湯婆婆が持っていない魔法をハクが操れるとは考えにくいところです
何が千尋に刺さったのか
「千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ」
この一言でハクは自分に不信感を抱く千尋の気持ちを懐柔させることに成功しました
なにが千尋に刺さったのでしょうか
これまで考察した通り
千尋は臆病で用心深い性格でしたので
よくわからない「まじない」をかけて作ったおにぎりに対して
良い印象を抱くとは思えません
とすれば
ハクの「元気が出るように」「作った」この言葉が千尋の心を動かしたのでしょう
頼るものがハクしかいなくなってしまった千尋にとって
もう一度信用したいという気持ちが後押ししたとも考えられます
願いを込めて何かを作ったもの
というのは気持ちが伝わりやすいのです
なぜハクがまじないと言ったのかはわかりません
個人的には言わなくていい一言のようにも感じますが
結果的に千尋は食べて元気になったので
入れてよかったのだと思います
後半ハクを助けるために銭婆のもとへ千尋が行った際
銭婆は元気がでない千尋にお守りの髪留めを作ってあげます
手作りながら銭婆は
「魔法で作ったんじゃ何にもならないからね」と言っています
魔法で手間暇をかけずに一瞬で作れることもできますが
手を動かして時間をかけて作ることにこそ意味があると銭婆は知っていました
「ハクのおにぎりシーン」総括まとめ
千尋はおにぎりを食べ
「ハクありがとう、私がんばるね」
と言って油屋に戻ります
千尋を元気にするといるハクの目的は完全に達成されました
千尋の元気は
①食べる事でエネルギーがわいてきた
②不信感を抱いていたハクに対してもう一度信頼することができた
という2点から来ています
②ついてはハクは気づいていません
「ハクのおにぎり」シーンは短い時間ですが
その短い時間に様々な思いが凝縮されていることがわかりました
このシーンでは会話らしい会話はほとんどありません
ハクが促し、千尋が食べるだけです
ただ食べるだけのシーンにここまで見る手の心が揺さぶられるのは
そこに凝縮された言葉では説明しがたい色々な感情が集まっているからに他なりません
食事評価を通して考察して改めて素晴らしいシーンなのだと再確認できました
最後に
千と千尋の神隠しでは
「ハクのおにぎりシーン」だけでなく「食べる」事が物語のターニングポイントして出てきます
・千尋の両親は神様に用意された料理を食べたから豚になってしまう
・この世界のものを食べない事で体が消えかけるところをハクに助けられる
・ハクのまじないがかかったおにぎりを食べる
・カオナシが料理を食べる
・竜のハクに苦団子を食べさせて魔女の契約印を吐き出させる
この点に注目してもう一度見ると印象がガラッと変わり
もう一度楽しめるかもしれません
以上となります
最後まで読んでいただきありがとうございました